全国屈指の志願者数を誇る明治大学。2019年の志願者ランキングでは、全国第4位にランクインしている。参考までに、1位・近畿大学、2位・法政大学、3位・早稲田大学となっている。
志願者の多さからも分かるように総合大学である。それゆえ卒業生も多く、著名人を数多く世に送っている。植村直己(冒険家)、ビートたけし(芸能人・映画監督)、阿久悠(作詞家)など。
千代田区・駿河台キャンパスの「アカデミーコモン」には、ミュージアムが開設されている。「明治大学博物館」と「阿久悠記念館」の2館である。
「明治大学博物館」といえば、ギロチンなどの拷問・処刑道具が紹介されているため、一部の人には大変有名な場所。それと、「阿久悠」についての記念館。一見関係なさそうだが、明治大学という繋がりがあり、それ以外は全くない。
本日の訪問先
『明治大学・アカデミーコモン』
ミュージアム以外に、ホール・会議室・多目的室などがある。
中に入ると、「ご当地めいじろう」のポスターがあった。 目をひかれたが、初めて見るキャラだ。どうやら「めいじろう」は、明治大学のキャラクターらしい。そして各都道府県の名物とコラボレーションしているようだ。栃木は餃子、京都は舞子、福岡は明太子といった具合。
そしてエスカレーターに乗り、地階1階のミュージアムエリアへ向かう。そのフロアに、明治大学博物館と阿久悠記念館がある。
明治大学博物館
館内は、地下1階だけでなく、地下2階にも展示エリアがある。そして、「大学史展示室」「商品部門」「刑事部門」「考古部門」の4つのテーマに分かれている。
大学史展示室
地下1階のエリア。大学の創立者や著名な卒業生(校友)を紹介している。そして昔の教室を再現したコーナーもある。
3人の創立者
岸本辰雄・宮城浩蔵・矢代操
1881年、明治大学の前身である明治法律学校を開校する。フランス法を中心とした教育を行う。その後、1920年に明治大学となる。つまり、法律の教育から始まった学校である。
校友紹介
「植村冒険館」でお馴染みの、植村直己。彼が自らつくった陶器と色紙。他に、人間国宝・松井康成の陶芸作品や、昭和の作曲家・古賀政男が使っていた使用ギターなどが展示されている。
学園生活の体験
学生寮宿舎で実際に使用されていた、寮則、名札、名簿など展示
昭和の教室を再現したもの。実際に使用されていた机と椅子とのこと。実際に座ることができる。セマイ、カタイ、スワリヅライ。現代の机と椅子の進歩に、感謝するだろう。
地下2階へ
手前から、「商品部門」「刑事部門」「考古部門」と3つのエリアになっている。
商品部門
漆器、和紙、染織物といった日本の伝統工芸品について、製造方法や文化的背景などを解説されている。
刑事部門
明治大学博物館内で最も有名なエリア。拷問や刑罰の道具が展示されている。なぜそういったものが展示されているのか。前述の通り、明治大学は法律の学校から始まっている。そして法学研究において、実物実見を重視する立場から、道具や文書を収蔵しているのである。
石抱(いしだき)拷具
三角の木材を打ち付けたそろばん板に正座させ、両膝の上に責め石を置いて重ねる。責め石の重さは、1枚あたり約50㎏。
釣責(つりぜめ)拷具
両腕をねじ上げ、背後で縛り、宙づりにする。
この図のようになる。
紙のぼりと磔柱
左側:磔柱
男は複十字型、女は足台のついた柱
右側:紙のぼり
名前や罪状などを記したのぼり
火罪木
火あぶりを行う刑具。放火犯にだけ適用される。
鋸引仕置の刑具
死刑の中でも最も重いもの。主殺しにのみ適用。
江戸幕府が定めた刑罰の中に、死刑は6種類(下手人、死罪、火刑、拷問、磔、鋸挽き)あり、罪状によって死刑の方法が変わる。
入墨
窃盗犯への刑として用いられた。犯罪地により、入墨の部位と模様が異なる。
ギロチンと鉄の処女
左:ギロチン
1789年に医学者ギヨタンが提案した刑具
右:鉄の少女
内部の釘は後年に取り付けられたもの。実際には、処刑や拷問の道具ではなく、恥辱刑の道具ではないかと現在では考えられている。
考古部門
明治大学は、1950年に文学部考古学専攻ができて以来、旧石器時代から古墳時代まで様々な遺跡の調査研究を行ってきた。その調査で得た資料が展示。
中には、群馬県岩宿遺跡から出土した、重要文化財に指定されている石器も紹介されている。
杉田貝塚貝層剥離標本
横浜市南部にある杉田貝塚で、発見された貝塚断面である。貝類以外にも、シカ、イノシシ、クロダイなど動物や魚類の骨がみられる。左右にある赤い矢印は、海抜52メートルのしるし。
銅鐸
近畿地方を中心に出土。もとは祭りで使われていた楽器が
後に儀式のための道具になった。
以上、さらっとではあるが、明治大学博物館の紹介であった。
阿久悠記念館
もうひとつのミュージアムである。
記念館内は、復元書斎や、レコード大賞の盾やトロフィーなど、阿久悠関連の資料が展示されている。
そして、八代亜紀、石川さゆり、増田恵子、岩崎宏美のサイン色紙が、受付奥に飾られていた。彼女たちは、彼のお世話になった人たちかもしれない。
いったい阿久悠とはどんな人物であったのだろうか。1937年に淡路島で生まれる。明治大学卒業後、放送作家として活動。その後、『北の宿から』『勝手にしやがれ』『UFO』など数々のヒット曲を作詞する。作詞家としては最多である5曲、日本レコード大賞の大賞を受賞した。また、作詞だけでなく、映画化もされた『瀬戸内少年野球団』など小説も手がけた。2007年、死去。
記念館の壁には、阿久悠が手がけた曲のジャケットが飾られている。
彼は、手書きで作品の執筆にあたることにこだわったため、「アナログの鬼」と称された。その際、使用していたペンは、ペンテルの水性サインペン。終生、そのペンを愛用した。
まとめ
大学内にあるミュージアムだと、大学史だけのところも多い。だが、「明治大学博物館」はひと味違う。その中でも特に「刑法部門」に展示されている資料は、ここでしか見られないものばかり。
そして、何か気になることがあれば、すぐに聞くことができる。なぜなら、館内の複数箇所にこのような電話が置かれており、質問することができるようになっているからだ。
もし江戸時代の刑罰を知りたいが、訪れることが難しい人。そういった人向けに、明治大学公式サイト上で『徳川幕府刑事図譜』を見ることもできる。
このように学術的な展示を、無料で世に公開するだけでなく、訪れた人の疑問にすぐ答えることができる心づかいに感動した。
そして、もう一つのミュージアムである「阿久悠記念館」。こちらは、どちらかといえば彼の音楽あるいは個人のファン向け施設だろう。あまり知らないからといって、見て損はない。むしろ、見たほうが良い。なぜなら昭和から平成にかけての音楽シーンを作ってきたともいえる人物であるから。
これら2館を訪れ、内容だけでなく、すぐに質問もできる気遣いに感動して帰ろうすると、悲しい出来事が起きた…。
1ヶ所しかない建物の出入り口を、行列の応援団が通っていた。そのため、結果として通り道をふさぐ形になっていた。他の誰も通れず、待っている状況に。なぜ、通してあげないのかと思った。ただ自分が神経質なだけかもしれないが、後味はあまり良くない。
といったことはあったが、ミュージアムはとても良いので、是非!!!
デート向き ★★★☆☆
子ども向き ★☆☆☆☆
外国人向き ★★☆☆☆
(5段階評価、★が多い方が向き)
明治大学博物館・阿久悠記念館
開館時間:10時から17時まで(阿久悠記念館は、11時から開館)
休館日:夏季休業・冬季休業
入館料:無料
電話番号:03-3296-4448
住所:東京都千代田区神田駿河台1-1
アカデミーコモン地階
各線「御茶ノ水駅」より徒歩5分
駐車場:なし
図書コーナー:あり
併設ショップ:あり(月~金曜10時から16時30分まで、土曜10時から12時45分)
※日曜・祝日・大学の定める休日・8月1日から9月19日の土曜は、休業
WIFI:あり
サービス:エレベーターあり、多機能トイレあり(地下1階・1階・他のフロアにもある)
公式サイト:
https://www.meiji.ac.jp/koho/institution/museum/index.html
地図: