はらはらじゃーにー

8ra8ra3のJOURNEY

帰一の精神「成瀬記念館」文京区目白台

 

諸説あるが、

関東女子大の御三家といわれる

 

日本女子大学

東京女子大学

津田塾女子大学 

 

その中でも、

日本で初めての女子大学は、

日本女子大学である

 

創設者は、成瀬仁蔵

 

本日の訪問先

成瀬記念館

『成瀬記念館』

 

創設者の記念館である。

 

成瀬仁蔵に関する資料や、

大学のために集めた蔵書など

展示されている。

 

成瀬仁蔵について

1858年、現在の山口県山口市に、

長州藩下級武士の長男として生誕。

姉以外の肉親を、病ですべて失う。

これが後の人生に大きな影響を与える。

 

1877年、郷里の先輩・澤山保羅と出会う。

(澤山は、日本で初めて牧師になった人物)

感銘を受けた成瀬は、

澤山を追って大阪の浪花教会へ行き、

洗礼を受けた。

 

大阪へ出たあと、

成瀬は女子教育の道へ進む。

梅花女学校の主任教師となるが、

キリスト教伝統に専念するため辞職。

 

奈良、新潟へ赴任後、アメリカ留学。

 

1894年、日本に帰国し、

梅花女学校の校長となる。

2年後、

女子大学設立を目指すため辞職。

 

そして

三井家から寄付された目白の土地に

1901年、日本女子大学創立。

 

1912年、帰一協会を組織。

諸宗教・道徳を、相互理解し、

同一の目的へ協力し合う組織である。

 

1919年、死去

 

館内について

館内は写真撮影禁止。

 

そのため写真はないが、

 

正五角形を組み合わせた照明

人々が両手をあげて支え合う姿を表した階段手すり

学園の四季と宇宙を表したフレスコ画

ステンドグラス

 

など目をひくデザインが

来客を楽しませてくれる。

 

展示

建物自体があまり大きくないので、

内容はこじんまりしている。

 

一角には、企画展示もある。

学園史を中心にした内容で、

年4回程テーマを変えて開催。

 

ずらっと並んだ

古い蔵書コーナーが印象的であった。

 

 

記念館外観

 

正面入り口

成瀬記念館

「成瀬」の文字は、創立者の自著より

 

 

窓上のひさし

成瀬記念館

人と人とが対面し、語り合う姿

 

らしいが、

 

説明を読む前は、波に見えた(笑)

 

 

成瀬記念館分館

成瀬記念館分館

 

名称は分館になっているが、

実は、成瀬仁蔵の住宅である。

 

1901年に教師用の住宅の一つとして建設されたが、

成瀬仁蔵が死去するまで居住した。

 

創立時から残る唯一の建物。

 

当初はキャンパスの北西隅にあった建物を、

道路の拡張工事のため、現在の場所に移築。

 

成瀬記念館分館

 

建物内を見学するには、

予約が必要なよう。

 

 

帰一の精神

日本女子大学

 

何かなと思った、あなた。

私も何だこの幾何学模様はと思いました。

 

よくよく見ると、校章の一部である。

(実際の校章は、この丸い部分を桜と楓で囲んでいる)

 

複数のマークが組み合わさり、

創立者の「帰一の精神」を表す。

  

〇:神

+:本体

◇:人間性

△:三位一体

卍:宇宙の本体

 

また

正・止・歩の文字は、

動・静・進歩を意味し、

すべてを包含したシンボル

(日本女子大学HPより抜粋)

 

成瀬記念館

成瀬記念館の入口上にも、同様のマークが。

 

成瀬が中心であった帰一協会の標語は、

「階級、国民、人種、宗教の帰一」

 

このことからも分かるように、

「帰一の精神」とは

人種、宗教、思想の枠組みを超え、

お互いを理解・尊重し、

互いに助け合う精神のことだろう。

 

その一体感のもと、

より良い社会創造を考えたのではないか。

 

 

 

まとめ

日本女子大学

 

日本女子大学キャンパス内にある成瀬記念館。

 

女子大なのでふらっと入れるのか不安になったが、

御用の方は警備員室へと表記あり。

 

日本女子大学

 

警備員へ行くと、

あっさりどうぞといわれ拍子抜け。

 

気兼ねなく入れる様子、

成瀬記念館については。

 

警備員のすぐ奥だからかな。

 

そして、

記念館の展示内容については、

広さの関係上仕方ないかなと。

 

しかし、

建物の外観や内装は凝っているので、

そちらのほうが見ていて面白い。

 

豪華絢爛ではなく、

このような凝った装飾の建物が増えると

見る者の心に余裕が生まれるはず。

 

凝った装飾

→人々の心に違う面、新たな面を気づかせる

→固まった見方・考え方溶解

 

そうすれば、

帰一の精神がもっと広まるだろう。

 

 

<雑学>バスケットボールの日本伝来

バスケットボールを日本に初めて伝えたのは、

成瀬仁蔵といわれている。

 

1894年アメリカ留学からの帰国時、

バスケットボールを持ち帰る。

 

そして梅花女学校の校長となり、

同校の生徒にバスケットボールを指導した。

 

 

 

日本女子大学成瀬記念館

開館時間:10時から16時30分

(土曜は、10時から12時)

休館日:日曜・月曜・祝日

入館料:無料

電話番号: 03-5423-7255

住所:東京都文京区目白台2-8-1

(日本女子大学目白キャンパス内)

JR山手線「目白駅」より徒歩15分

公式サイト:

www.jwu.ac.jp

地図: