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8ra8ra3のJOURNEY

現存する区内最古の木造洋風建築「豊島区立雑司が谷旧宣教師館」へ

  

 雑司が谷周辺を散策していると。

 

旧宣教師館通り

旧宣教師館通りという名前の通りに出くわす。初めて訪れたものには、何があるのか分からない。たぶん宣教師館があったのだろうということぐらい。

 

宣教師館とは、宣教師が住んでいた家。宣教師、広義では宗教や思想を広める人をさす。だが、キリスト教を布教活動していた人を意味することが多い。

 

旧宣教師館通り

バット見たところ、住宅街ではという印象。その通りをさらに進むと、

旧宣教師館が現存していた!

 

本日の訪問先

雑司が谷旧宣教師館

『豊島区立雑司が谷旧宣教師館』

 

宣教師マーケレブの居宅である。明治時代頃、雑司が谷周辺は新興住宅地であった。そして 、キリスト教伝道活動のために、家が建設された。現在は、豊島区によって保存管理されている。

 

宣教師マーケレブとは、どのような人物であったのか。

 

1861年、アメリカのテネシー州生まれ、生後6ヶ月で南北戦争により父を亡くす。14歳で浸礼を受け、20歳で母を亡くす。

 

大学に入学し、世界宣教に目覚める。卒業後、結婚し、伝道生活へ。先輩のアズビル師が、日本伝道隊員を募集していたため、日本宣教を決意した。

 

1892年4月、来日。築地に住み、神田・四谷・小石川と伝道活動を行う。1907年、雑司が谷に居住と活動の地を移す。しかし、1941年に、日米開戦間近のため帰国。その後、日本の地を踏むことはなかった。

 

 

旧宣教師館

雑司が谷旧宣教師館

 建築様式は、アメリカの伝統的なコロニアルスタイル。

 

雑司が谷旧宣教師館

豊島区最古の木造洋風建築であり、東京都指定の有形文化財である。

 

 

建物内部

雑司が谷旧宣教師館

スリッパに履き替え、館内へ

 

マントルピース

雑司が谷旧宣教師館

応接兼居間の壁につくられた、装飾が施された暖炉。

 

建物内には、暖炉が複数ある。その中でも、もっとも立派につくられた。アールヌーボー風のタイルを両側に組み入れ、その外に鋳鉄の金物、周囲にケヤキ材の前飾(まえかざり)がとりつけられている。

 

食堂

雑司が谷旧宣教師館

食堂にも暖炉が置かれている。

 

このように、1階、2階とも主要な3室は、一つの暖炉で結ばれている。それぞれの部屋に焚口が存在する。要するに、建物に1つの煙突があり、口が3つ。1部屋に、1つ暖炉があるということ。(それが3部屋)

 

教会事務所(児童図書コーナー)

雑司が谷旧宣教師館

児童図書コーナーとして、豊島区ゆかりの『赤い鳥』など児童文学の図書を読むことができる。また、朗読会も行われる。

 

床下収納?

雑司が谷旧宣教師館

1階の床に何かがある。説明はとくにない。開けると、何があるのか…。

 

2階へ上がる階段

雑司が谷旧宣教師館

床はかなり滑りやすい。そのうえ、けっこう急な階段になっている。要注意!

 

もう一つの階段

雑司が谷旧宣教師館

そんなに床面積が広いわけではないが、なぜか階段が2ヶ所に設置されている。プライベート用・仕事用と、分けていたのかもしれない。

 

天井は、「コンパートメントセイリング」と呼ばれる方法でつくられている。木製の太い格子(こうし)を組んでいる。

 

寝室入口

雑司が谷旧宣教師館

 

寝室の天井

雑司が谷旧宣教師館

寝室の天井だけ、格子に割竹が使われている。竹は、マッケーレブの好みで

使用されたと考えられている。

 

マッケーレブのベッド

雑司が谷旧宣教師館

3度太平洋を渡ったベッド。

 

サンフランシスコで留学中に出会った石川角次郎から、贈られたもの。マッケーレブのアメリカから出航に向けてのプレゼントだった。

 

彼の来日とともに太平洋を渡ったベッド。約50年後、日米開戦間近のため、彼はベッドとともに帰米した。そして最後、野村基之により日本へ引き取られ、修復後2007年にこの館へ戻る。

 

太平洋を3回も渡ったことに驚いたが、それ以上にベッドって50年以上使える物なのか。それにもしかすると、マーケレブはベッドが変わると寝られない人だったのかもしれない。あるいは、物持ちのすごく良い人かも。

 

 

建物装飾

シングル

雑司が谷旧宣教師館

外壁の木の板は「シングル」と呼ばれる。そして、この板が張られた建物は、シングル様式と呼ぶ。基礎の付近で小さくヒサシ状にカーブして張り出しているのが、アメリカのシングル様式の特徴である。

 

上げ下げ窓・方杖

雑司が谷旧宣教師館

 

上げ下げ窓

主な窓は、上げ下げで開閉する。一つの窓は、上下の部分に分かれている。下の窓は縦に二分割された形、上の窓は装飾的な組子(くみこ)が木の枝のような形になっている。

 

このような装飾的な窓は、アメリカにおける木造のゴシック様式である。大工ゴシック様式(カーペンター・ゴシック様式)と呼ばれる。

 

 

方杖

庇(ひさし)に支えの、方杖(ほうづえ)がついている。玄関ポーチの方杖には、たすきがけの飾りがあり、先にも装飾がほどこされている。これらの装飾も、大工ゴシック様式の特徴である。

 

 

棟飾り

雑司が谷旧宣教師館

屋根の棟につけられる棟飾り(赤丸内)

 

分かりにくいが、真ん中棟丁部のものが大きく、他は同じ大きさになっている。

 

 

まとめ

雑司が谷旧宣教師館

12世紀後半から流行した、フランス発祥のゴシック様式。その様式が19世紀のアメリカで自国に合うよう改良され、大工ゴシック様式が生まれた。

 

旧宣教師館の設計者は不明だが、アメリカで発展したこの様式をよく理解した人物のはずである。建物全体はシングル様式で、細部の装飾が大工ゴシック様式になっている。そして、アメリカ同様そのままではなく、日本に合わせて建築された。

 

今日の日本では、このような建物を全く見かけない。それゆえ、宣教師についてだけでなく、建築の様式という視点でも、学びになる場所である。

 

それだけ価値ある美しい建物のため、撮影した写真をSNS等にあげたくなる。しかし、注意が必要。そういった場合、管理事務所で手続きを行わなければならない。複雑なものではなく、住所・氏名・使用目的など書くだけ。すると、その場で許可をもらえる。個人で楽しむだけなら、手続きは不要である。

 

お忘れなく!

 

 

デート向き ★★★☆☆

こども向き ★★☆☆☆

外国人向き ★★☆☆☆

(5段階評価、★が多い方が向き)

 

 

 

豊島区立雑司が谷旧宣教師館 基本情報

開館時間:9時から16時30分まで

 

休館日:月曜、毎月第3日曜、国民の祝日の翌日、年末年始

 

入館料:無料

 

電話番号:03-3985-4081

 

住所:東京都豊島区雑司が谷1-25-5

有楽町線「東池袋駅」「護国寺駅」より徒歩10分

各線「雑司が谷駅」より徒歩7分

 

駐車場:なし

 

併設カフェ:なし

 

併設ショップ:なし

 

図書コーナー:あり(1階・児童図書、2階・旧宣教師館関連書籍)

 

写真撮影:個人目的はOK、ただしSNS等に載せる場合は申請必要

 

サービス:多機能トイレあり

 

イベント:あり(毎月第1土曜に朗読会、定期的にコンサートなど開かれる)

 

公式サイト:

http://www.city.toshima.lg.jp/129/bunka/bunka/shiryokan/kyusenkyoshikan/004412.html


地図: