赤紙だらけの「赤紙仁王尊」へ、田端駅近く

 

東京都北区の南に位置する田端。JR山手線・京浜東北線が通る田端駅がある。利用したことがある人もいるだろう。

 

その周辺を歩いていると、人生で初めて目にするものに出会う。「赤い何かだ」いったいこれは何なのか、初見では全く分からない。近づいても予想がつかない。

 

赤紙が何かに貼られていることだけは理解できる。

 

本日の訪問先

赤紙仁王像

正体を明らかにすると、赤紙だらけの仁王尊である。右が阿像、左が吽像となる。

 

なぜ、赤紙がたくさん貼られているのか?

赤紙仁王尊

悪魔を排除する火の色である「赤」.。その色の紙を自分の患部と同じ箇所に貼る。ことによって、病気平癒・無病息災を願っている。(明治時代からの風習といわれている)

 

阿像(あぞう)

赤紙仁王

口を大きく開けている状態「動」

 

吽像(うんぞう)

赤紙仁王

口をしっかりと結んで息をとめている状態「静」

 

赤紙が貼られていない阿吽像

赤紙仁王

阿吽の姿は、全ての始まりと終わりを表す。それゆえ祈願の順番は、まず阿像から、次に吽像へとなる。

 

なぜ、沢山の草履?

赤紙仁王

祈願成就のお礼に奉納されたもの。祈願者・病人を見舞うため、仁王様が草履をはき日夜歩かれるので。

 

 

移動された赤紙仁王尊

もともと仁王尊は、隣接する田端八幡神社の敷地内にあった。江戸時代、疫病を鎮めるため、建立されたといわれている。

 

田端八幡神社

江戸時代までは、神仏習合により、現在赤紙仁王尊がある東覚寺が、田端八幡神社の別当寺(べっとうじ)であった。(別当寺とは、神社を管理するために置かれた寺)

 

そして、明治時代に入り神仏分離令によって、神社と寺院が分離・独立した。神社では仏教的要素を払拭するため、仏像が移動または破壊された。

 

そういったことから、田端八幡神社にあった仁王尊も東覚寺に移された。さらに現代に入り、道路拡張工事のため、後方へ動かした。

 

というわけで、最低2回は移動されている。

 

 

 

まとめ

今日でもたくさんの赤紙と草履がある。

 

多くの人が、祈願に訪れお礼参りを行っている証である。

 

それだけご利益があるということ。

 

疑問を抱いた人もいるだろう。貼られすぎた赤紙はどうなるのか。どうやら定期的に剥がしているらしい。

 

もし、何も貼られていない阿吽像を見ることができたら、めちゃくちゃ運が良い!

 

 

 

赤紙仁王尊(東覚寺境内)

住所:〒114-0014 東京都北区田端2-7-28

JR山手線「田端駅」より徒歩6分

 

地図: